オンブレッローネ(ビーチパラソル)のある8月──ビーチで暮らすイタリアの人びと
イタリアには、毎年見られる、変わらぬ美しい光景があります。それは毎年6月頃になると、徐々にその光景が広がります。
「42番のパラソル、海から3列目。1974年からずっと、うちの家族の場所」
そんな会話が当たり前に交わされる場所――そこは、世界で最もイタリアらしい夏の空間です。
朝8時。まだ強い日差しが照りつける前のビーチは、ライフガード(バニーノ)たちが仕事を始めます。
砂浜を美しい筋目が残るように丁寧にならし、鮮やかな色のパラソルをひとつ一つ開き、サンベッドを寸分の狂いなく並べていく。その姿は、まるで格式ある食卓を整える給仕のよう。
実際、イタリアではそれこそが「おもてなし」の準備とされています。
午前10時には、サンベッドはほぼすべて埋まります。けれど、そこに集まるのは初めて訪れた旅行者ではありません。
長きにわたり世代を超えて、同じビーチ、同じ列、同じ番号のパラソルを使い続けてきた家族たちです。
イタリアでは8月になると、人々は「海へ行く」のではありません。海辺へ暮らしを移すのです。

言い伝えられたルールを大切に
イタリアの海辺の一日は、潮の満ち引きのように揺るぎない「習慣」によって動いています。
まだ砂浜がひんやりとしている早朝、祖父母たちが楽しむ朝の海水浴。
水着姿のまま、背筋を伸ばしてバール(Bar)に立ち寄り、バーニョ(海の家)のカウンターで味わう午前中のエスプレッソ。
そして、何世代にもわたり受け継がれてきた、あの声が聞こえる。
”cocco bello, cocco fresco!(コッコ・ベッロ! コッコ・フレスコ!)”
氷水の入ったバケツを手に、冷やしたココナッツのスライスを売りながら海岸線を歩く物売りたち。その姿は、世代を超えて誰もが知る光景。
そして何より、すべてのイタリアの子どもが文字を読むより先に教え込まれる、海辺の「絶対のルール」があります。
昼食後3時間は、海に入ってはいけないーー。
科学的に証明されているわけではありませんが、誰も昼食後は海に入ろうとしません。
何世代もの間、イタリア人の子どもたちは、午後2時くらいになると水際に座りながら、海を見つめてきました。母親たちが時間を数える、その横で。
それは医学的・科学的な理由から始まったものではありません。
昔から伝わる、大切なひとつの言い伝えなのです。
これらは議論するものでなく、家族からの教えとして受け継がれています。
さらに"Which bagno do you go to?" 「どこの海の家(バーニョ)に通っているの?」
この何気ない質問は、名刺に書かれた肩書きよりも、その人がどんな人なのかをイタリア人同士であれば想像することができます。
ひとつの海岸線に宿る、無数のイタリア

リグーリア海岸では、切り立った崖と鉄道路線の間にバーニョ(ビーチクラブ)が寄り添うように存在しています。
優雅で、垂直的な海辺の風景。中世の鐘楼を眺めながら泳ぐことができる、そんな特別な場所です。
ヴェルシリア地方――なかでもフォルテ・デイ・マルミは、貴族的な海辺文化を極めています。
手入れの行き届いた砂浜、白いテント、そしてトレーを手にビーチを横切るウェイター。
そこには、洗練された夏の時間が流れています。
一方、ロマーニャ海岸はまったく異なる魅力を持っています。開放的で、活気にあふれ、何列にもわたって続くパラソル。
ビーチ全体が、家族の集まりのような場所になるのです。
そして南へ向かえば――プーリア、カラブリア、シチリア、サルデーニャ。
そこには公共の誰でも利用できるビーチ(スピアッジャ・リベラ)があります。
そこにある唯一の設備は、ありのままの海そのもの。
その水は、北イタリアの人々が信じられないほどの美しさに、思わず写真を撮りたくなるような色彩です。
もうひとつの海の楽しみ方──スコーリ(岩場)

イタリアのビーチライフと言えば、もうひとつの選択肢があります。
それは、リグーリアの人々や島に暮らす人々に愛されている スコーリ(scogli) です。
そこには砂浜は一切ありません。
あるのは、何世代にもわたる人々に親しまれ、なめらかになった岩場、岩にしっかりと固定された小さな階段、そして最初の一歩から飛び込めるほど深い海。
砂浜を愛する人々は、砂の質について語り合います。
しかし、岩場を選ぶ人々は違います。ただ岩を降り、海へ飛び込む。
そして、ボトルガラスのように透き通った水の中へ姿を消すことで、その答えを示すのです。
海は、最高の遊び場

イタリアのビーチには、独自の「船団」があります。
その代表が ペダロ(pedalò)――足こぎボートです。
会話するようなゆっくりとしたスピードで進むこの小さなボートは、たいていティーンエイジャーたちの乗り物。
海岸から少しだけ離れ、「大人の目が届かない場所」へ向かうための、小さな冒険です。
ほかにも、マットレス型の浮き具やさまざまなインフレータブル遊具。
そして終わりのない ラケットトーニ(racchettoni) のゲームがあります。
海辺で行われるビーチパドルゲームで、その熱中ぶりはウィンブルドンの観客でさえ敬意を払うほど。
さらに午後になると、イタリアのビーチには欠かせない恒例行事が始まります。
リッファ(riffa)――海辺のくじ引き。
バニーノがパラソルの列を歩きながら番号を販売し、誰かのノンナ(おばあちゃん)がビーチタオルを当てる。
その瞬間、まるでオペラのフィナーレのような大きな拍手がビーチいっぱいに響き渡ります。
夕暮れを彩る、アペリティーボの時間

午後6時30分頃、ビーチの空気がゆっくりと変わり始めます。
小さな子どもを連れた家族たちは、海の塩気をまとい、満足そうな表情で帰路につきます。
真っ白だった光は、やがて黄金色へ。
そして、サンレモからシラクーザまで、すべてのバーニョのバーでは、グラスの中へ氷が落ちる音が響き始めます。
もちろん、スプリッツ。
そして、よく冷えたヴェルメンティーノ。
子どもたちにはクロディーノ。
さらに、誰も注文していないのに、なぜか全員が手を伸ばすオリーブとポテトチップス。
海辺のアペリティーボは、イタリアの一日の中でもっとも美しい時間です。
まだ水着姿の人もいれば、すでに夕食へ向かう装いに着替えた人もいる。
それでも、全員が同じ方向を向いています。
西へ。
海へ沈んでいく太陽へ。

午後7時。
バニーノは、その日の終わりを告げる小さなルーティンを始めます。
ひとつずつパラソルを閉じ、列ごとにビーチを夜の姿へと戻していく。
イタリア人がこの瞬間に静かな感動を覚えるのも、無理はありません。
夕暮れの光の中で閉じられた100本ものオンブレッローネは、まるで停泊する船団のように見えるのです。
一日の思い出を静かに折りたたみ、明日が来るまで大切にしまっておくように。
夕方の散歩(パッセッジャータ)とジェラート

夕食の後に始まるのは、海辺の散歩――。
それは、ルンゴマーレ(lungomare)沿いで楽しむパッセッジャータ(passeggiata)です。
ルンゴマーレとは、イタリアの海辺の町なら必ずと言っていいほど存在する、海沿いの遊歩道のこと。
イタリア人はそこを、まるで家宝の銀食器を磨くように、大切に手入れし、愛しています。
パッセッジャータは、ただ歩くことではありません。
それはまるで「街を舞台にした劇場」です。
リネンシャツを身にまとった人々。
夏の日焼けを誇らしげな勲章のように見せる人。
自転車で人々の間をすり抜けていく子どもたち。
そして、誰もが手にしている、その夜の主役――ジェラート。
そこには、暗黙のルールがあります。
コーンのジェラートは、歩きながら食べなければならない。
溶け出す前に、すぐに味わわなければならない。
そして、少なくともひとつのフレーバーについては、必ず議論が起こる。
ピスタチオ派とノッチョーラ(ヘーゼルナッツ)派は、100年以上にわたって意見を交わしてきました。
その横で、フィオール・ディ・ラッテ派は穏やかに微笑みながら、静かに見守っています。

8月という月は、すべてが15日に向かって高まっていきます。
フェッラゴスト(Ferragosto)――「祝日の中の祝日」。
その起源は、今から約2,000年前、ローマ皇帝アウグストゥスが定めた feriae Augusti(アウグストゥスの祝祭日) にまで遡ります。
フェッラゴストの日、イタリア全土が一斉に海へ向かいます。
夜明けとともにビーチは人で埋め尽くされ、人々は海辺で一日を過ごします。
昼食は午後1時頃から始まり、ワインを片手に会話を楽しみながら、気づけば午後5時頃まで続くことも珍しくありません。
食後には、驚くほど大きなスイカが振る舞われ、日が沈むと、海岸沿いに点在する町々から一斉に花火が打ち上げられます。
少し沖まで泳ぎ、仰向けになって海に身を委ねると――
目の前だけでなく、左右にも遠くの海岸にも花火が広がり、まるで360度を色とりどりの光に包まれているかのような、幻想的な景色を楽しむことができるのです。
真夜中の海がくれる、夏の記憶

そして、イタリアの夏には、一度は体験してほしい特別な楽しみがあります。
それが、バーニョ・ディ・メッザノッテ(bagno di mezzanotte)――真夜中に海へ入る、イタリアならではの夏の習慣です。
8月の海は、真夜中になっても驚くほど暖かく、海に入ると空気より心地よく感じられることさえあります。
暗い海の中で手や足を動かすと、夜光虫がきらりと光り、小さな星が水中に散りばめられたような幻想的な景色が広がります。
遠くのビーチバーから聞こえてくる音楽は、水面を渡ることでやわらかく響き、静かな夜の海を優しく包み込みます。
海に入っている時間は、ほんの10分ほど。
それだけの短い時間でも、その感動は冬になっても心に残り、「またあの夏を過ごしたい」と思わせてくれるのです。
イタリアのビーチが人々に与えてくれる本当の宝物は、美しい景色や透き通る海だけではありません。
家族や友人と笑い合い、海で過ごした夏の思い出そのものなのです。
その思い出を胸に、人々は次の夏を楽しみに一年を過ごします。
そして翌年の6月、新しい夏が訪れると、バニーノ(ビーチを管理する人)は再び砂浜を美しく整え、最初のオンブレッローネ(ビーチパラソル)を開きます。
こうして、「もうひとつのイタリア」の夏が、静かに始まるのです。
Text/ITALIAKARA
※この記事は、編集者とAIの両方で作成しています。
※イタリア文化のスペシャリストの監修がされています。