町も、レモンの段々畑も、階段も、そして食欲さえも。
この海岸線では、あらゆるものが積み重なっています。
アマルフィ海岸には、水平という次元がほとんど存在しません。
12の町が山と海に挟まれた岩壁にしがみつくように連なり、法律違反を疑うほどカーブの多い道路。
階段でつながる道こそが、この街にとっての「通り(ストリート)」です。
家の上に家が、ブドウ畑の真上にレモンの段々畑が広がるこの場所は、誰もが食欲をそそられるイタリア屈指のです。
イタリアで最も有名な写真スポットであるこの海岸線には、2つの隠れた魅力が存在します。
ひとつは「天空を歩くかのようなハイキングコース」。
もうひとつは「アンチョビの旨味を凝縮した琥珀色の小瓶(コラトゥーラ)」です。
まずは船で、バスは仕方ないときだけ

アマルフィでの休日、最初に下すべき決断。
それは移動手段であり、これが案外重要なのです。
この海岸を訪れるなら、海から入るのが一番。
夏の間ずっと運航しているサレルノ、アマルフィ、ポジターノ、カプリを結ぶフェリーでは、その道中から絶景を楽しむことができます。
そして近づくにつれ、町々が垂直のモザイク画のように姿を現すのです。
もう一つの選択肢は、海岸沿いの道を走るSITAバス。
安価で、勇敢で、まさに「経験」という言葉の古き良き意味そのものです。
地元の人々はこの道路を敬いながらも、海を千年来変わらぬ理にかなった通り道として扱っています。
アマルフィがヴェネツィアと並び立つ海洋共和国だった時代から、ずっとそうであるように。
神々の小道

道路のはるか上には、センティエロ・デリ・デイ(神々の小道)と呼ばれる古い道が延びています。
ボメラーノとノチェッレを結ぶこの古い荷役道は、海面から数百メートルの高さを進む道のりです。
暑さと人混みが訪れる前、夜明けに歩くこの道は、地中海屈指の「気軽な絶景ハイキング」と言えるでしょう。
段々のぶどう畑、朽ちた羊飼いの小屋、そして眼下に広がる海岸線の先には、カプリ島が浮かんでいます。
そしてこのハイキングの締めくくりにふさわしいのは、1500段の階段。
その階段を下ってポジターノへ下ると、泳がずにはいられなくなるほどのきれいな海が待っています。
チェターラと、アンチョビのエッセンス

有名な町の数々を通り過ぎ、海岸線の東の端まで足を延ばすと、チェターラという漁村にたどり着きます。
村人たちが漁村の仕事を大切に続けてきたことから、この村は観光地化があまり進んでいません。
今もカタクチイワシとマグロが水揚げされており、そこから生産される「コラトゥーラ・ディ・アリチ(カタクチイワシの魚醤 )」はこの村が誇る特産品です。
栗の樽の中で塩とともに何層にも重ねられ、何年もかけて熟成されたカタクチイワシ(アンチョビ)から滴り落ちる琥珀色の「コラトゥーラ・ディ・アリチ 」。
古代ローマを支えた発酵魚醤「ガルム」をルーツに持つこの調味料は、この村に残る生きた化石とも言えます。
一皿のスパゲッティに数滴垂らし、にんにく、オイル、パセリを合わせれば、どんな魚料理よりも豊かな海の風味を届けてくれます。
どんな状況でも決してチーズは使いません。

この海岸を築いたレモン

崖という崖に段々畑の縞模様を描くのは、スフサート・アマルフィターノというレモンのパーゴラ(藤棚)。
細長く、色白で厚い皮を持つこのレモンは香りがよく、サラダに入れて食べることもあります。
頭上に張られたネットは、単なる飾りではありません。
かつて船乗りたちを壊血病から救い、今もこの海岸を支え続ける作物を守っているのです。
その恩恵は、スポンジ生地とレモンクリームのドームからなるこの海岸の看板デザート「デリツィア・アル・リモーネ」から、ビーチとバス停の間のキオスクで売られるグラニータまで、実にさまざま。
世界的に有名なリモンチェッロもこのレモンから生まれますが、現地での楽しみ方はいたってシンプル。
あらゆる料理にゼスト(皮のすりおろし)をあしらうだけなのです。
すべてを見下ろす町、ラヴェッロ

標高300メートル、ラヴェッロは海岸沿いの喧騒から一線を画す町です。
庭園と静寂に包まれたこの町には、ヴィッラ・チンブローネの「無限のテラス」という、ヨーロッパでも屈指の名景があります。
ワーグナーが舞台の着想を得たこの場所では、空へと延びる舞台の上で、今でも夏の音楽祭が開かれています。
旅人が海岸の喧騒から離れ、涼を求めて歩みを緩める場所、ラヴェッロ。
コンサート、長い夕食、そして遥か眼下に揺れる漁船の灯り。
そんな夜こそが、アマルフィのバカンスのもっとも洗練された姿なのです。
断崖絶壁のワイン

ポジターノとアマルフィの間、フィヨルドと、まともな人間なら耕そうとは思わない棚地の連なりに、フローレという村があります。
ここでは、カンパーニア州で最も個性的なワインが育ちます。
岩壁にボルトで留められたかのようなぶどうの段々畑から生まれるのは、塩味と桃や杏のような果実の風味を纏った白ワインと、驚くほど芯の強い赤ワイン。
覚えておくべき名前はマリーザ・クオモ——そのカンティーナは、崖そのものを掘り込んで造られています。
海を見下ろすテラスで飲む冷えたワイングラスの中には、一日中見惚れていたあの景色が映し出されます。

垂直に暮れる夜

アマルフィの一日は、幾重にも重なりながら進んでいきます。
ビーチクラブが寝椅子を片付け始める頃の、最後のひと泳ぎ。
そして、テラス席への上り坂。
ここでは、どこへ行くにも必ず上り坂が待っています。
魚介のスキアラティエッリ、冷えたフローレの白ワイン、そしてデリツィア。
これを楽しまないのは、この土地への裏切りというものでしょう。
眼下では、垂直に連なる世界全体が、窓一つひとつに灯りをともしていき、やがて船の明かりへと続いていきます。
一日中、重力を無視し続けたこの海岸も、夜になるとそっと、そして一段ずつ、それに身を委ねるのです。
TEXT/ITALIAKARA
※この記事は、イタリア文化のスペシャリストの監修がされています。