もうひとつのイタリアの夏

もうひとつのイタリアの夏

涼しい空気、そびえたつ山々

海岸部が38度という猛暑日でも、高山地帯の牧草地は気温18度。

ランチには、ピンク色に染まった岩肌を眺めながら、肉団子料理や山で作られたチーズを楽しみます。

イタリアを北へ向かって進んでいくと、ある瞬間を境に空気が一変します。

8月の暑さが湿った毛布のように平野を覆うポー川流域を通り過ぎると、わずか2時間足らずで気温は15度も急降下し、思わず車の窓を全開にしたくなります。 

さらに標高1000メートル付近では、干し草や樹木、冷ややかな岩の匂いが漂い始めます。

樹木限界線の向こうから淡い色をしたドロミテの岩壁が姿を現す頃には、パラソルや日焼け止めが欠かせないイタリアの海岸沿いの風景は、まるで遠い記憶のように感じられます。

イタリア人は、「イタリアには2つの夏」があると言います。

ひとつは誰もが写真を撮りたくなる、太陽と海の夏。

そして、もうひとつは夏の山です。

朝は散歩、お昼はおなかいっぱい食事をとり、夕方には遠くから近づいてくる雷雨を眺めながら、嵐が過ぎ去ってゆくのを待ちます。

そして、8月だというのに毛布をかぶって眠りにつくのです。

ここ数年、毎年のように長引き、強烈になっていく熱波によって、この「もうひとつの夏」は静かに支持者を増やしています。

ピンクに染まる岩

ドロミテには、地質学的にほかの山とは異なる特徴があります。

それは『ドロマイト』と呼ばれる岩石でできている点です。

古代の熱帯の海に存在したサンゴ礁が隆起し化石化したため、山肌が淡い灰色に見えるのです。

そして夕暮れ時になると、山々はまるでピンクの花びらのような幻想的な色に包まれます。 

地元の言葉で「エンロサディラ」と呼ばれるこの現象には、この地に暮らすラディン族の間で数々の伝説が語り継がれています。

誰もが足を止め、ただ見入ってしまうほど幻想的な光景です。

峰々の狭間には、「アルピ」と呼ばれる高山草原が広がっています。

木造の山小屋が点在し、夏の間は家畜たちが放牧され、その間を網の目のようにハイキングコースが巡っています。

中でも標高1,800メートルに位置するアルペ・ディ・シウージは、ヨーロッパで最も広い高原です。

どこまでも広がる緑豊かな大草原の背後には、まるで舞台の背景セットのようにサッソルンゴの山が立ちそびえています。

なだらかな起伏が続くこの地では、何時間でも心地よく歩を進めることができます。

圧倒的な絶景へとつながるルートでありながら、決して険しくないこと。

これこそが、ドロミテ・ハイキングの知られざる真の魅力なのです。

リフージョ、そして標高2,000メートルでのランチ

イタリアの山で過ごす休日に欠かせない存在が「リフージョ」です。

山小屋といえば、二段ベッドと缶詰のスープ。

しかしイタリアのリフージョには、本格的なキッチンや豊富なワインリスト、デッキチェアの並ぶサンテラスがあり、夏の海辺のリゾートにも引けを取らない上質なランチを楽しめます。

ロープウェイで気軽にアクセスできる場所もあれば、徒歩で3時間かかる場所もあります。

けれど、それだけ歩くからこそ、心地よい空腹感とともに極上の料理を味わえるのです。

さらにリフージョの存在は、何日もかけて山から山へと渡り歩く「小屋泊縦走」を身軽なものにしてくれます。

重い装備を持たずに歩き、毎晩異なるリフージョで眠り、ハイキングの合間には最高の食事とワインを楽しむ。

快適なベッドや温かい料理と共にハイキングを楽しめるドロミテは、「山を愛しているが、過酷な環境や苦痛までは望んでいない」人々にうってつけなのです。

二人の「おばあちゃん」がいるキッチン

アルト・アディジェは1919年にオーストリアからイタリア領へと変わりましたが、その食文化が完全にイタリア一色へと塗り替えられることはありませんでした。

今でもメニューは2つの言語で表記されており、イタリア語の「カネーデルリ」と頼んでも、ドイツ語の「クノーデル」と頼んでも、運ばれてくるものは同じです。

その正体は、スペック(燻製生ハム)やチーズを練り込み、透き通ったスープに浮かべたり、焦がしバターとチャイブ(エゾネギ)をかけたりして味わう握りこぶし大のパン団子。

その傍らには、ほうれん草とリコッタチーズを詰めて焦がしバターで仕上げた半月型のラビオリ「シュルツクラプフェン」や、スプーンが立つほど濃密な大麦のスープ、採れたてのキノコや初秋のエゾシカ肉を添えたポレンタが並びます。

そして食後を飾るのは、ハプスブルク家にゆかりのある「カイザーシュマルン」

もともとは皇帝のために作られ、のちに農夫たちの手で現在の形へと変化した、ざっくりとほぐしてキャラメリゼしたパンケーキに、甘酸っぱい果物のコンポートを添えて味わうデザートです。

一方で、西のヴァッレ・ダオスタ州へ進むと、料理はフランスの影響を強く受けた、濃厚な味へと変わります。

パンとキャベツのスープにフォンティーナチーズをのせ、グラタンとカセロール(耐熱容器に入れて調理するオーブン料理)の中間のような香ばしさになるまで焼き上げた「スーパ・ア・ラ・ヴァルペリネンゼ」

そして、ポレンタに追いバターと大量のフォンティーナチーズを加え、形を保てなくなるほどトロトロに練り上げた「ポレンタ・コンチャ」などが食卓を彩ります。

ほかの山岳料理と同じく、「硬くなった昨日のパンを美味しく食べる知恵」から生まれた一品です。

谷を動かすチーズ

フォンティーナはヴァッレ・ダオスタ州を代表する名産であり、地域経済の支柱とも言える存在です。

夏の間、アルプスの高山草原で草を食むヴァルドスターナ牛の無殺菌乳で作られ、型押しされた後は、涼しく湿った熟成庫(あるいは使われなくなった鉱山の坑道)で最低3ヶ月間熟成されます。

若いうちはマイルドで弾力があり、かすかにナッツのような香りが漂います。

熟成が進むとさらに深みと旨味が増し、乳糖もほぼ分解されるため、そのクリーミーな味わいに反して、胃腸にも非常に優しいチーズとなります。

一方で、トレンティーノ州やアルト・アディジェ州へと渡ると、チーズボードの顔ぶれが一変します。

外皮を洗いながら熟成させる、強烈で芳醇な香りの「プッツォーネ・ディ・モエーナ」や、夏の山小屋で手作りされる硬質のアルプスチーズ

そして、テラス席に10分も腰掛けていれば必ず運ばれてくるのが、スペック(伝統的な燻製生ハム)、チーズ、黒ライ麦パン、ピクルスが盛りつけられた「メレンダ(軽食)ボード」です。

なかでもスペックの魅力は、一言では語りつくせません。

この生ハムは、まさに国境地帯だからこそ生まれた逸品です。

ドイツ流に塩づけして軽く燻製したあと、イタリア流にジュニパー(ネズの実)やローリエの香りをまとわせ、じっくりと風に当てて乾燥させます。

地元の言葉を借りるなら、その極意は「少しの煙、少しの風、そしてたっぷりの時間」。

薄くスライスしたスペックをライ麦パンにのせ、冷えたワインとともに高台のテラス席で味わう。

これこそが、イタリアの山がもたらす、シンプルにして最高の贅沢です。

期待をはるかに上回る、山地のワイン 

イタリア屈指の極上白ワインを産出するアルト・アディジェ。

その品質の秘密は、まさにその「標高」にあります。

暖かい昼と冷たい夜、そして標高200から1,000メートルに及ぶ斜面に広がるブドウ畑。

イザルコ渓谷のケルナーシルヴァーナーは、引き締まった味わいとミネラル感が際立ちます。

また、このブドウ品種にその名を与えたテルメーノ村のゲヴュルツトラミネールは、甘すぎず、しかし豊かな香りを放ちます。

さらに、ここで造られるピノ・ビアンコは世界最高峰の品質を誇りますが、イタリア国外ではほとんど知られていない隠れた名品です。

一方、赤ワインは素朴で地域色に満ちています。

軽やかで冷やして飲むのに最適なスキアーヴァから、深みのある色合いとしっかりとした骨格を持つラグレインまで。

地元のスペック(燻製生ハム)やジビエ料理との相性は抜群です。

一方で、イタリアで最も小さなワイン産地であるヴァッレ・ダオスタでは、ヨーロッパ最高標高のブドウ栽培が行われています。

中には標高1,200メートルを超える断崖に位置する畑も存在します。

ここではプティ・アルヴィンフミン、そしてブラン・ド・モルジェといった貴重な固有品種が、ごくわずかに生産されています。

なかでもブラン・ド・モルジェは、その圧倒的な標高の高さゆえに19世紀にヨーロッパを襲った害虫フィロキセラの難を逃れました。

そのため、今なお自根(接ぎ木をしていない原種)のブドウの木が残っているのです。

こうした極上のワインとともに過ごす夕食の締めくくりには、高山のニガヨモギ(ハーブ)から造られる淡い緑色のリキュール「ジェネピ」が静かに運ばれてきます。

冷たく、深く澄んだ緑の水 

山に抱かれた湖の数々も、この地を訪れるべき理由の一つです。

木造の船小屋と、美しいターコイズブルーの水面で知られるブライエス湖には、たくさんの人々が押し寄せます。

あまりの人気ぶりに、夏の間は交通規制が敷かれるほど。

そのため、朝8時前に到着し、観光バスが押し寄せてくる頃には立ち去るのがおすすめ。

早朝には、水面が静寂を取り戻し、山の稜線から神々しく光が差し込む極上の景色を堪能できます。

一方、よりこじんまりとした緑豊かなカレッツァ湖では、湖に映し出されたラテマール山群の姿を仰ぐことができます。

まるで二つ折りにした写真のような、素晴らしい景色です。

そして名もなき無数の谷間には、泳ぎ始めたことを思わず後悔するほど冷たい清流が流れています。

地元の子供たちは、その先にある小さな水たまりや滝つぼで8月の夏休みを謳歌するのです。

西へ、イタリアの屋根を目指して 

一方で、ヴァッレ・ダオスタでは雰囲気の違う景色を見ることができます。

ここまで必要なのかと思うほど多くの城塞に守られた狭い谷が、モンブランやモンテ・ローザ、そしてマッターホルンへと向かって伸びています。

クールマイユールから延びるロープウェイ「スカイウェイ」は、ゴンドラがゆっくり回転しながら進んでいくため、360度すべての方向を見渡すことができます。

スカイウェイで標高3,466メートルまで登ると、あたりは氷河に包まれた世界が広がります。

この標高までくると、あたりは半ズボンで登ってきたことを後悔するほどの寒さです。

一方、そこから谷底を見下ろすと古代ローマの面影を見ることができます。

アオスタの町には今もアーチ(皇帝アウグストゥスの凱旋門)や劇場が残っています。

そして、シャンポリュックグレソネイといった奥へと続く谷へと進むと、暗い色調の木材と石で造られたヴァルザー人の集落があります。

そこでは中世以来のドイツ語の方言が今なお受け継がれています。

イタリア初の国立公園であるグラン・パラディゾは、かつて王家の狩猟保護区であり、アイベックス(野生のヤギ)を保護するために作られました。

今もアイベックスが生息しており、夜明けの標高の高い登山道に行けば、滑り落ちそうなほど急な角度の岩場に平然と立っている姿を目にすることができます。

山の一日が刻むリズム 

山での一日の過ごし方は、めったに変わることはありません。

まず、朝は早起き。

山地脈の午後は天気が急変しやすいため、涼しい午前中のうちに歩みを進めます。

そしてテラスでの長めの昼食。

自分の足で一生懸命歩いたからこそたどり着いた絶景を楽しむ時間です。

午後4時の嵐は、暖かい飲み物を手に室内から眺めます。

嵐が過ぎ去たら、夕日の金色の光が差し込むゆっったりとした空気の中で、夕食をとります。

日が暮れると、8月中旬だというのにカーディガンが必要なほど本格的に冷え込みます。

そして夜空には、街で暮らしていると存在すら忘れてしまうようなたくさんの星々が広がるのです。

一度この休日を過ごしたイタリア人たちはこの生活の虜になります。

毎年同じ時期に、同じ谷、同じホテル、時には同じ山小屋(リフージョ)へと戻ってくるのです。

そして、海に魅了された人たちが暇さえあれば海に行くのと同じように、谷へ向かいます。

海に向かうつもりはない。自分が向かう先はあの谷だけだ。と。

年々暑さを増していくこの国において、山は「海に行けない人のための妥協案」などではありません。

むしろ、「聡明な選択」として少しずつ広がりを見せています。

 

Text/ITALIAKARA

※この記事は、イタリア文化のスペシャリストの監修がされています。