アルプスの山々で8月に摘まれるスパークリング用のブドウから、10月の霧のなかで摘まれるネッビオーロまで。
イタリアではブドウの収穫期は3ヶ月間続き、誰もがその手伝いに駆けつけます。
季節の深まりを告げる、特別な言葉

イタリア語の「ヴェンデミア(ブドウの収穫)」は、その言葉の中にひとつの季節の情景をそのまま閉じ込めたような、特別な響きを持っています。
Tempo di vendemmia(ブドウの収穫の季節)という言葉を口にすると、イタリア人の脳裏には、紫色のブドウ果汁で染まった手、積み上げられた木箱、モスト(搾りたてのブドウ果汁)の甘く芳醇な香り、そしてパーゴラ(藤棚)の下に広がる長い食卓の風景が浮かびます。
全20州でワインを造り、500種類以上の固有品種を誇るイタリア。
そんなイタリアの人々にとって、収穫は単なる一回限りのイベントではなく、8月中旬から11月初旬にかけて、イタリア全土を北から南へと駆け抜ける大きな波のようなものです。

ブドウの収穫時期は、品種によって順番が決まっています。
最初に収穫されるのは、フレッシュな酸味を保つために早摘みされるスパークリングワイン用のブドウ。
トレンティーノやフランチャコルタの山あいに広がる畑では、早い年では8月末にシャルドネやピノ・ネーロの収穫が始まります。
9月上旬に入ると、白ワイン用のブドウに順番が回ってきます。
マルケ州のヴェルディッキオ、ガヴィのコルテーゼ、アルト・アディジェの香り豊かな白ブドウたち。
そして9月から10月上旬にかけて、トスカーナ州でサンジョヴェーゼの収穫が最盛期を迎えます。
ピエモンテ州のランゲでは、ネッビオーロの由来であるネッビア(霧)が谷間に立ち込め始める10月中旬から下旬にかけて、ブドウの収穫が始まります。
そして、ヨーロッパでも最も収穫時期が遅いブドウのひとつとされ、11月に収穫されるカンパーニャ州のアリアニコ。
シチリアのエトナ山では、標高が上がるにつれて収穫時期が遅くなり、標高1,000メートルに及ぶ最上部の畑は、秋の深まりとともに最後の瞬間を迎えます。
誰もがハサミを手にする日

大規模なワイナリーでは専門の作業員や収穫機を導入することもあります。
しかしイタリアは、家の裏手に1〜2ヘクタールの畑を持つような小規模な農家が数十万も存在する国。
そうした農園にとって、ヴェンデミアは総動員の一大イベントです。
親戚中に召集がかかり、ご近所同士でお互いの作業を手伝い、おじいちゃんが全体を見ながら指示を出し、おばあちゃんは早朝からご飯の準備をします。
子どもたちも、持ち上げるのに一苦労するほど重い木箱を運びます。

農家によっては今でも、木桶の中に入れたブドウを足で踏んで潰す伝統的な製法「ピジャトゥーラ」でワインを作っています。
今日では生産方法というよりもひとつの恒例行事であり、子どもたちが泥(とブドウ果汁)だらけになった写真を残す絶好の機会です。

そして、ブドウそのものと同じくらい大切な一大イベント。
それこそが「プランゾ・デッラ・ヴェンデミア(収穫の昼食)」です。
午後1時、中庭やブドウの木々の間に置かれた長テーブルに全員が集まります。
テーブルの上には、焼き立てのパスタ、香ばしいロースト肉、パン、そして「去年の出来栄え」を確かめるために開けられる前年のワイン。
近年ではワイナリーやアグリツーリズモでもこの体験が提供されており、「ブドウ収穫の朝と贅沢なランチ」を楽しむツアーは、9月にイタリアを訪れる旅行者にとって大人気のアクティビティのひとつとなっています。
モスト(果汁)から生まれる秋のスイーツ

搾りたてのブドウ果汁「モスト」は、この季節だけの特別な料理やデザートへと姿を変えます。
トスカーナ州のパン屋では、小粒の黒ブドウと砂糖を生地に練り込んで焼き上げるフラットパン「スキアッチャータ・コン・ルーヴァ」が並びます。
販売されるのは、収穫の時期のほんの数週間だけ。
エミリア=ロマーニャ州やヴェネト州では、おばあちゃんたちがモストに小麦粉を加えてじっくり練り上げ、鮮やかなワイン色のデザート「スーゴリ」を作ります。
ほかにも、モストを何時間も煮詰めたシロップは「サバ」や「モスト・コット」と呼ばれ、ポレンタやチーズにかけて食べる濃厚なダークシロップになります。
モデナの街では、トレッビアーノのムストを煮詰め、木樽に仕込むことで、12年、あるいは25年後に味わうことのできる伝統的なバルサミコ酢が作られます。
忍耐のワイン

地域によっては、最高の状態で収穫したブドウをすぐに搾汁しない場所もあります。
ヴェローナの北に広がるヴァルポリチェッラ丘陵。
名酒「アマローネ」に使われるブドウの房は、フルッタイと呼ばれる風通しの良い乾燥部屋の棚に並べられ、100日以上もの時間をかけてじっくりと乾燥(アッパッシメント)させられます。
冬が深まる頃、水分が抜け、重さが3分の1ほど減ったブドウはようやく搾汁が行われます。
この伝統技法こそが、アマローネのあの圧倒的な濃密さを生み出しているのです。
トスカーナ州では、ブドウを天井から吊るして乾燥させ、イースターの1週間前に絞って極上の甘口ワイン「ヴィン・サント(聖なるワイン)」を造ります。
パンテッレリア島では、8月の強い太陽の下、マットの上にジビッボ種のブドウを並べ、デザートワインの「パッシート」を造ります。
「収穫=たった1日の作業」と思いがちな日本の感覚からすると、2月まで続くイタリアのヴェンデミアに驚かされるかもしれません。
噴水からワインが湧き出る、気品ある秋祭り
この季節、ワインを生産するほぼすべての村で「フェスタ・デッラ・ルーヴァ(ブドウ祭り)」が開催されます。
最も有名なのは、ローマの南に位置する町マリーノ。
10月の第1日曜日、町の中心にある噴水から水ではなく白ワインが湧き出し、人々はグラスを手に広場へと集まります。
フィレンツェ郊外のインプルネータでは、9月の最終日曜日に4つの地区が巨大な装飾山車を出して腕を競い合います。
アルト・アディジェ州のメラーノでは、ブラスバンドの演奏とチロリアンハットをかぶった人々が集う、アルプス最古のブドウ祭りが開かれます。
美しいブドウ畑や、収穫の景観の中には、ユネスコ世界文化遺産として保護されているものもあります。
ひとつはピエモンテ州の「ランゲ・ロエーロ・モンフェッラートのブドウ畑の景観」。
もうひとつは、傾斜地のためすべての作業が完全な手作業で行われるヴェネト州の「コネリアーノとヴァルドッビアーデネのプロセッコ丘陵」です。

日本の読者のみなさまへ
日本では、9月になると稲刈りが始まり、美味しい「新米」が食卓に上りますね。山梨県では、同じ時期に甲州ブドウの収穫が最盛期を迎えます。
村全体で実りを祝うイタリアの「ヴェンデミア」も、日本の秋の風景とどこか重なるものがあります。ただイタリア人にとっての「新米」は、収穫の昼食で「今年の出来はどうだろう?」とワクワクしながら開けられる、去年のワイン(前ヴィンテージ)なのです:)
ちなみに、フランスの「ボジョレー・ヌーヴォー」のように、イタリアにも「ヴィーノ・ノヴェッロ(新酒)」という解禁日(10月30日)のあるフレッシュなワインが存在します。こちらの魅力についても、数週間後の記事でたっぷりご紹介しますね!
このストーリーから味わう、おすすめのワイン
同じ収穫期(ヴェンデミア)の「4つの異なる瞬間」を瓶に詰め込んだ、特別な4本をご紹介!
● フェッラーリ(トレンティーノ州)8月の真夏、アルプスの山あいの畑で一番最初に手摘みされたシャルドネから造られる、最高峰の泡「トレントドック」。

\トレンド番長KAZUのおすすめ/澄み切った果実味と繊細な泡立ちで、気分が一気に上がります。揚げたての生ハムクロケットや生カキと合わせるのが推しスタイル!
● バディア・ア・コルティブオーノ(トスカーナ州) 9月から10月上旬にかけて収穫されたサンジョヴェーゼから生まれる、伝統的で凛としたキャンティ・クラシコ。

\若手エースHIKAのおすすめ/サンジョヴェーゼらしいきれいでフレッシュな酸味が最高!ハーブを効かせた豚肉のローストやトマト煮込みと一緒に軽やかに楽めます。
● ボルゴーニョ(ピエモンテ州) 10月の深い朝霧のなか、最後に摘み取られたネッビオーロが醸し出す、重厚で美しいバローロ。

\ワイン博士MIHOのおすすめ/朝霧が育むネッビオーロならではの、バラやドライハーブのような複雑で高貴なアロマ。じっくり煮込んだ牛肉のトリッパや熟成チーズと合わせて
● マージ(ヴェネト州) 秋に収穫したブドウを乾燥棚で100日間じっくり寝かせ、真冬に搾汁して造られる至高のアマローネ。

\ワイン歴30年CHIIのおすすめ/100日間のアッパッシメントがもたらす濃密なエキス分と重厚感。しっかりとした赤身肉のステーキやジビエはもちろん、食後のダークチョコレートにも!
TEXT/ITALIAKARA
※この記事は、イタリア文化のスペシャリストの監修がされています。