日帰りの観光客で賑わうヴェネツィア。
しかし、地元のヴェネツィア人がどこへ向かうのかを知る者はほとんどいません。
彼らはクーラーバッグを手に、船に乗ってビーチへと繰り出します。
7月末になると、ガイドブックには決して載らない出来事がヴェネツィアで起こります。
人が消えて空っぽになる街。
しかし消えるのは観光客ではありません。ヴェネツィア人です。
といっても、彼らはそれほど遠くへ行くわけではありません。
船で約20分、ラグーナの外縁に横たわる長い砂浜へと向かい、そこで9月まで過ごします。
その目的地が、リド島です。
ヴェネツィア本島から船で約20分。長く続く砂浜が広がるこの島は、地元の人々にとって夏の定番の避暑地です。
この習慣は古く、何世代にもわたって同じビーチキャビンを借り続けている家族も少なくありません。夏になると、多くのヴェネツィア人がここで海水浴を楽しみ、思い思いの時間を過ごします。
この光景を知ると、8月のヴェネツィアが少し違って見えてきます。
住民にとって、ヴェネツィアは世界遺産や博物館のような街ではありません。すぐ隣に、美しいビーチがある「暮らしの街」です。
タオルを詰めたバッグを肩にかけ、ヴァポレット(水上バス)に乗って海へ向かう。その姿は、まるで毎日の通勤風景のようです。
「世界で唯一、歴史ある街並みからわずか20分で本物の海に行ける場所に暮らしている」
そんな誇らしげな言葉とともに、ヴェネツィアの人々は、この街ならではの夏の楽しみを教えてくれます。
受け継がれるキャビンと、リド島の暮らし

リド島の海岸線にズラリと並ぶ木造のキャビン「カパンネ(capanne)」は、ヴェネツィアで最もさりげないステータスシンボルです。
こじんまりとして飾り気がなく、色あせたストライプ模様に塗られたそのキャビンは、一般的な不動産よりも多くの習慣や慣例を伴い、世代を超えて受け継がれています。
それぞれのキャビンには番号があり、決まった隣人がいて、独自のルーティンが存在します。
例えば、毎日同じ時刻に到着する家族。
日陰の席を確保するおばあちゃん。
去年の9月に途切れたところから再開されるカードゲーム。
リド島には伝統的な威厳が根付いています。
ここでは毎年9月に映画祭が開催され、
島の「ホテル・デ・バン」はかつてトマス・マンの小説『ヴェニスに死す』の舞台になった場所でもあります。
しかし、夏の盛りにいるヴェネツィア人にとってそれらはどうでもよいことです。
大切なのは、広大な砂浜があり、アドリア海が暖かく遠浅で、車に乗ることなく夕食の時間には街へ戻れること。
実際、特筆すべきは、ここに車は存在しません。
それこそがまさに、ヴェネツィアという街なのです。
「オンブレ」と「チッケッティ」——夕刻6時の儀式
日帰りの観光客が帰り始め、水面が夕日に照らされて琥珀色に染まる頃。ヴェネツィアでは、一日の終わりを楽しむ特別な時間が始まります。
人々が向かうのは、地元の人に愛される立ち飲み酒場「バーカロ」。カウンターに立ち、小さなグラスになみなみと注がれたワイン「オンブラ(Ombra)」を一杯楽しみます。
「オンブラ」はイタリア語で「影」という意味です。その名は、かつてワイン商がサン・マルコ広場の鐘楼がつくる影に合わせて屋台を移動させ、ワインを涼しく保っていたことに由来するといわれています。
ワインのお供に欠かせないのが、「チッケッティ(Cicchetti)」と呼ばれる小皿料理です。スペインのタパスのような存在で、気軽につまみながらワインを楽しむのがヴェネツィア流です。
代表的な一品が「バッカラ・マンテカート」。塩漬けの干しダラをオリーブオイルと一緒に丁寧に練り上げ、ふんわりとしたクリーム状にしたものを、香ばしく焼いたポレンタにのせていただきます。
そのほかにも、アンチョビをのせたゆで卵、イワシのフライ、小ダコのマリネ、具材をたっぷり挟んだパンなど、どれもワインによく合う料理ばかりです。
バーカロでは、席に座ってゆっくり食事をすることはあまりありません。1軒で長居するのではなく、一杯飲んだら次のお店へ。この楽しみ方は「ジーロ・ディ・オンブレ(giro di ombre)」と呼ばれ、3〜4軒ほどのバーカロを巡りながら、それぞれで一杯ずつワインを味わうのが定番です。
夏になると、ワインはしっかりと冷やして提供されます。よく飲まれるのは、ヴァルドッビアーデネ産のプロセッコをはじめ、近年人気の無濾過・瓶内二次発酵の「コル・フォンド」、ガルダ湖畔のルガーナ、そして繊細な味わいのソアーヴェなど。
一杯の量はほんの少しですが、何軒も巡れば自然と杯も重なります。それでも、夕暮れの風を感じながら街を歩き、気の向くままにワインを楽しむ時間こそが、ヴェネツィアの夏ならではの贅沢なのです。
街の歴史を物語る一皿

もし1枚のお皿にヴェネツィアの夏のすべてを凝縮するなら?
——それはきっと「サルデ・イン・サオール(Sarde in saor)」でしょう。
サルデ・イン・サオール(Sarde in saor)は揚げたイワシに、じっくり火を通した玉ねぎ、酢、レーズン、松の実を重ね、食べるまで1〜2日寝かせた料理で、冷やして食べる料理です。
もともとは長旅を生き抜く必要があった船乗りたちの保存食として生まれ、ヴェネツィアに富をもたらしたスパイス貿易によって進化を遂げました。
レーズンと松の実。
2つの素材が入ったこの料理は、かつてヴェネツィア共和国が築いた東方(レヴァント)貿易の記憶を残しているといえます。
また、あらかじめ調理し冷たい状態で食べるこの料理は、暑い街にとっては理想的。
7月にはどのヴェネツィア家庭もサルデ・イン・サオールを作りますが、その味は家ごとに少しずつ異なります。
そして、この料理は7月の第3日曜日に開催される「レデントーレ祭」の伝統料理でもあります。
お祭りの夜、ラグーナは装飾された船で埋め尽くされ、人々は水上で食事を楽しみながらジュデッカ運河に打ち上がる花火を船のデッキから見上げて過ごします。
ラグーナの島々へ

550平方キロメートルに及ぶ浅瀬のラグーナにおいて、ヴェネツィア本島はその中で最も有名な島の一つにすぎません。
夏になるとヴェネツィア人は船に乗り込み、それぞれ他の島へと散っていきます。
その中の1つ、ブラーノ島には霧の中でも漁師が自分の家を見つけられるよう、鮮やかに塗られた家々が並んでいます。
今もレース編みの伝統が残り、素晴らしい魚料理を楽しめる島です。
ブラーノ島の隣にあるマッツオルボ島には、塀に囲まれた葡萄園があります。
1966年の大洪水で壊滅しかけ、わずかに生き残った自生の苗から復活を遂げた黄金のブドウ「ドローナ(Dorona)」を育てる葡萄園です。
かつてヴェネツィアの発祥の地となったトルチェッロ島。
ビザンティン様式のモザイク画が残る聖堂と草むら、そして永遠のような静寂だけが残っています。

そしてサンテラズモ島。ラグーナの中で最も大きく、観光客が誰も訪れない島。
ここは「ラグーナの菜園」であり、塩分が含まれる土壌によって旨味が凝縮した野菜がとれます。
特に、サンテラズモ島の紫アーティチョーク。一番採りの柔らかい芽は、別名カストラウーレと呼ばれ、とても有名です。
ここで収穫されたアーティチョークは、約1000年もの間にわたって毎朝船でリアルト市場へと運ばれ続けています。
スプリッツをめぐるヴェネツィア人のこだわり
今や世界中で注文されるようになったこのカクテルは、この街で誕生しました。
だからこそ、ヴェネツィア人はその「あり方」に強いこだわりを持っています。
「スプリッツ」という名は、オーストリア占領時代、兵士たちが地元のワインを強く感じ、水で「割る(spritzen)」よう求めたことに由来します。
やがてそれがワイン、炭酸、そしてリキュール(ビターズ)の組み合わせへと進化していきました。
ヴェネツィアにおいて選ばれるリキュールはアペロールではありません。
1920年からこの街で造られている、より深く、よりハーブが効いた刺激的な「セレクト(Select)」であることが多いのです。
バーカロでスプリッツを注文すると、単にこう問われることがあります。
「アペロール? それともセレクト?」
その答えひとつで、あなたが何者であるかが明かされます。
魚はどこからやってくるのか
ヴェネツィアの料理とは「ラグーナの料理」。
観光客向けのメニューに載っているものより遥かに奇妙で、そして美味しい料理たちが並びます。
年に数日しかない脱皮の時期に捕獲される脱皮直後のカニを丸ごと揚げていただくモエシェ(Moeche)は、旬がわずかたった数週間しかない本物の季節料理。
小さなグレーの海老を柔らかい白いポレンタの上にのせて食べるスキエ(Schie)や、
玉ねぎが溶け込んだアンチョビソースと全粒粉の太麺パスタを使ったビゴリ・イン・サルサ(Bigoli in salsa)、
ラグーナに生息するハゼを使ったリゾット・ディ・ゴー(Risotto di gò)。
ラグーナのハゼは、その見た目から店頭に並ぶことはありませんが、代わりに豊かな味わいを生み出します。
その味はヴェネト州で最高のリゾットを生み出すほどです。
そして、これらすべてを楽しむことができる場所が、朝7時のリアルト魚市場です。
石造りのアーケードの下、商人たちが今もヴェネツィア方言で叫び合い、石畳には氷水が流れる市場。
しかし、朝9時をすぎるとその活気は嘘のように引いてしまいます。
そのせいか、ヴェネツィアを訪れるほとんどの旅行者は見たことがない光景です。

長い夏の夜
ヴェネツィアの夏の夜には、特別な風情があります。
水面が音を優しく運び、空気を冷やしてくれる上、それを遮る車の騒音が一切ないからです。
地元の人々にとっての「街のリビングルーム」でもある小さな広場(カンピ)では、家族連れが遅い夕食をとり、
十代の若者たちは橋の階段に腰掛け、
開け放たれたシャッターの奥からは誰かがテレビを見ている音がかすかに聞こえてきます。
8月も最後の数週間になると、夕暮れの光はより早く黄金色へと変わり、リド島のキャビンも閉じ始め、9月に向かう街は、映画祭のあわただしさや「日常」向けて準備を始めます。

これこそが、8月のヴェネツィアが教えてくれる教訓です。
世界中から人々を迎え入れ、一年で最も暑い時期に数週間、静かに本来の姿を取り戻す街。
船でビーチへ渡り、前日に仕込んだ冷たいイワシを食べ、夕刻6時には立ち飲みでお酒を楽しみ、水上で花火を眺める。
誰でも体験することができます。
夕食まで街にとどまって、ヴァポレット(水上バス)で「間違った方向」——サン・マルコ広場とは違う方向へ進み、ヴェネツィア人が夏を過ごす砂浜の方角へと向かいさえすれば。
Text/ITALIAKARA
※この記事は、イタリア文化のスペシャリストの監修がされています。