イタリアの知られざる「米どころ」

イタリアの知られざる「米どころ」

トリノとミラノの間に広がる、ヨーロッパ最大の米どころ。

イタリア人が「白飯(そのまま)」では絶対に食べないジャポニカ米が育つ場所。

州ほどの大きさを誇る、巨大な水鏡

5月にミラノへ向かう飛行機に乗り、窓の外を見下ろしてみてください。

都市とアルプスの間に広がる平原には、空を映し出す何百枚もの鏡が敷き詰められています。

ヴェルチェッリやノヴァーラに広がる水田地帯。

地元の人々が「il mare a quadretti(格子状の海)」と呼ぶ風景です。

こここそが、イタリアの「米どころ」です。

イタリアはヨーロッパ全体の約半数の米を生産しており、その面積は約22万ヘクタールにも及びます。

その9割がピエモンテ州とロンバルディア州に集中しており、ヴェローナ近郊のイゾラ・デッラ・スカーラ、ポー川のデルタ地帯、サルデーニャ州のオリスターノ平原などにも美しい水田が広がっています

水鏡は消え去り、一面の畑が黄金色に輝きます。

10月になると、あの「鏡」は姿を消します。

水を抜いた田んぼは眩しい黄金色に染まり、コンバイン(収穫機)が土煙を上げて走り抜け、田んぼの端にはサギが立ち、収穫された籾(もみ)は乾燥と脱穀のために精米所(リゼリア)へと運ばれていきます。

収穫期は9月末から10月末まで。

ちょうど日本で新米が出回るのと同じ季節です。

同じ品種、異なる食卓

日本の旅行者がまず驚くのは、植物学上の事実です。

イタリアで育つお米は、タイやインドの細長い「インディカ米」ではなく、日本と同じ短粒・中粒の「ジャポニカ米」なのです。

お米がイタリアに伝わったのは10世紀頃、アラビア人によってシチリアにもたらされたのが始まりと言われています。

15世紀にはポー川流域の平原へと広がり、1475年にはミラノ公がフェッラーラ公へ「12袋の種モミ」を贈ったという記録が残されています。

以来、この地には水田が広がり続けています。

そんなイタリアで代表的な品種は4つ。

  • カルナローリ(Carnaroli)
    お米の芯を程よく残しながら、豊かなデンプン質を溶出させることから、シェフたちが「リゾットの王様」と称える最高峰の品種。

  • アルボリオ(Arborio)
    世界中でその名が知られる、輸出用の代表格。

  • ヴィアローネ・ナーノ(Vialone Nano)
    ヴェネト州産の小粒な品種。スープ(出汁)を吸い込む力は群を抜いています。

  • ヴェーネレ(Venere)
    1997年にヴェルチェッリ近郊で誕生した黒米。今やヨーロッパ中で人気を博しています。

水の中に立った女性たち

およそ一世紀にわたり、田んぼの草むしりはすべて手作業で行われていました。

毎年5月から6月にかけて、「モンディーナ(mondine)」と呼ばれる数万人の女性たちが北部全域から集まり、40日間の農作業に従事しました。

麦わら帽子をかぶり、膝まで水に浸かり、腰を折り曲げて働く中で、

作業のテンポを保つために彼女たちが歌った歌は、やがて有名な民謡となりました。

1906年、彼女たちは工場の労働者たちよりも数十年早く「1日8時間労働」を求めてストライキを起こしました。

1949年のイタリア映画『苦い米(Riso amaro)』は彼女たちの存在を世界に知らしめ、主演のシルヴァーナ・マンガーノを一躍スターに押し上げました。

1960年代に除草剤が導入されたことでその姿は消えましたが、

イタリアにおける米の生産地や歴史を巡る 「お米の道(Strada del Riso)」や、ヴェルチェッリで毎年5月開催される「お米祭り」によって、

彼女たちの記憶は今も歴史に刻まれています。

なぜイタリア人は「白飯」を食べないのか?

イタリアのお米文化には、日本が予想もしなかった事実があります。

それは、味をつけずに炊くお米「リーゾ・イン・ビアンコ」は、イタリア人にとって「病人の食べ物」だということ。

お腹を壊した時に、お母さんが少しのオリーブオイルとパルミジャーノをかけて作ってくれる、おかゆや離乳食のような存在なのです。

イタリアにおいて、お米は主食ではありません。

料理を作る際の材料であり、調理して手を加えることで変身させなければならないものなのです。

その変身こそが、「リゾット」です。

お米をバターやオイルで香ばしく炒める「トスタトゥーラ」。

熱々のスープをお玉一杯ずつ加えながら約18分間じっくりと混ぜ合わせ、火から下ろした後は冷たいバターと削りたてのチーズを加えて力強く混ぜ合わせる「マンテカート」。

こうすることで、ミラノで all'onda(波のように滑らか)と表現される極上の質感が生まれるのです。

サフランの鮮やかな黄色が美しい「リゾット・アッラ・ミラネーゼ(ミラノ風リゾット)」には、煮込んだオッソブーコ(牛すね肉)を添えていただきます。

ほかにも、ピエモンテの極上赤ワインを吸わせた深みのある「リゾット・アル・バローロ」や、

かつてヴェネツィアの総督に与えられた、若いグリンピースとお米の「リージ・エ・ビージ」。

ヴェルチェッリ名物の、豆とサラミが入った重厚な「パニッサ」。

残ったリゾットをフライパンでカリッと焼き固めた「リーゾ・アル・サルト」。

南部へ行けば、リゾットはラグーソースやモッツァレラを包んで揚げた「アランチーニ」や「スプリ」へと姿を変えます。

さらにはデザートまで。牛乳でお米を甘く煮詰めた「リーゾ・アル・ラッテ」や、ボローニャ名物の「トルタ・ディ・リーゾ(お米のケーキ)」など、その世界は無限に広がっています。

50万人と、巨大な銅鍋

ヴェローナの南に位置する「イゾラ・デッラ・スカーラ」では、イタリア最大のお米の祭典が開催されます。

ここは、名品種ヴィアローネ・ナーノの故郷です。

1967年から続く「フィエラ・デル・リーゾ(お米見本市)」には、5週間の開催期間中に全国から50万人もの人々が訪れます。

会場で振る舞われるのは、豚肉や子牛肉、ローズマリーとともに、バスタブほどもある巨大な銅鍋で炊き上げられる名物「リゾット・アッリゾラーナ」。

単一の食材をテーマにした食のフェスティバルとしては、イタリア最大級の熱気に包まれます。

水と、寒さと、満々と水をたたえた田んぼ

4月に田んぼへ水が張られる理由は、日本とまったく同じです。

張られた水が、冷え込む春の夜からデリケートな稲の苗を守ってくれるのです。

晩夏になると水が抜かれ、稲穂は茎についたまま太陽の光を浴びて乾燥し、収穫時には貯蔵に最適な「水分量13%」にまで調整されます。

また、水を張った一面の水田は、イタリア北部における野生の鳥たちの重要な生息地でもあります。

サギやダイサギ、トキといった渡り鳥たちが羽を休める楽園となっており、5月のヴェルチェッリの田園風景は、まるで日本画に描かれた湖のような美しさをたたえています。

日本の読者のみなさまへ

同じ「お米」という植物を育てながら、そこにある美学は真逆と言えるかもしれません。日本におけるお米は「ご飯」であり、食事そのものを意味する言葉でもあります。食卓の中央に置かれるのは温かい白飯であり、すべてのおかずはその周りを彩るために存在します。一方、イタリアにおいてお米は、数ある「プリモ・ピアット(一皿目の料理)」の中のひとつ。サフラン、ワイン、チーズ、極上のスープ.... 何を注ぎ込み、どう変化させたかによって評価される食材なのです:)

さらに、イタリアの料理人が好む「アルデンテ(米粒の芯をわずかに残す)」の食感は、日本の炊飯の基準からすると「少し芯が残っている」と感じられるかもしれません。けれど、農家同士なら一瞬で心が通じ合うはず。4月の水田に水を張り、寒さから健やかな芽を守るヴェルチェッリの農家と新潟の農家の手仕事は、まったく同じ愛と情熱に満ちているのですから。

お米と味わう赤白ワイン

お米の旨味を受け止めるリゾットには、程よいコクのある白ワインや、出汁(スープ)の風味に寄り添う軽やかな赤ワインがよく合います。

●ガヴィ・デイ・ガヴィ®ブラックレーベル/ラ・スコルカ(ピエモンテ州)水田地帯からわずか50kmの場所で造られる名酒「ガヴィ」。

\イタリアーナAllieのおすすめ/ ミラノ風リゾットやポルチーニ茸のリゾットに合わせる完璧な一杯!豊富なミネラル感はアジア料理の味付けにもおすすめです。

●グランデ・キュヴェ”ビヨンド・ザ・クラウズ”/エレナ・ヴァルヒ(アルト・アディジェ州)アルプスの山あいのテロワールが育む凛とした白ワイン。

\アシスタントSallyのおすすめ/カボチャのリゾットや初物のキノコリゾットにぴったりなワイン!焼き立てのパイやバターのような、クリーミーでリッチな質感がお米のうまみにマッチします。

● ”コスタセラ”アマローネ・デッラ・ヴァルポリチェッラ・クラッシコ/マージ(ヴェネト州)アパッシメント由来の濃厚でベルベットのような質感!

\泡ラバーAYAのおすすめ/名酒「アマローネ」を贅沢に使って煮込むヴェローナの名物リゾット「リゾット・アッラマーロネ」に寄り添う、上質なヴァルポリチェッラ!

●パルミジャーノ・レッジャーノ

仕上げの「マンテカート」には欠かせない、濃厚なコクと旨味を添える本場のハードチーズ。

 

TEXT/ITALIAKARA

※この記事は、イタリア文化のスペシャリストの監修がされています。